MONDO GROSSO『ラビリンス』

非常に魅力的であると感じます。

それは僕の、満島ひかりが好きだから、という個人的な問題もあるんでしょうが、香港という街の撮り方といい、伸びやかなヴォーカルといい、キラキラなサウンドといい、題字の出方といい、とても魅力的です。

いや、コレはつまり、言ってしまえばベタベタです。すべての要素がもうベタベタです。全部が美味しいと約束されているエリアを狙って置いてあるというか、多くの人間にとっての最大公約数的サウンドです*1。魅力的とは書きましたが、音楽的にいま特にありがたがって聴くものではないし、新しさよりもむしろ懐かしさを感じるような類のものであると思います。例えばコメントにちょくちょく現れる中谷美紀の『クロニック・ラヴ』なんかはまさにという感じです。もう18年前だそうです。

しかし、とは言え、これができるというのはすごく上手いということでもある気がします。お気づきでしょうが、この歌のメロディーって基本的にたった8小節しかなく、それを延々とリピートしています。使われている音も、そんなに多彩には感じません。ひねりがあるとすればリズムでしょうか。それでここまで聞かせるのは技術のたまものでありそうです。映像的にも、音との同期感はバッチリ過ぎるくらいバッチリだし、2:25のスローモーションとかイイし、色彩やライティングの感じもなんか凄く上手い感じ(笑)がします、詳しい人この辺教えてください。。あと、ワンカットっぽい感じだけど、さり気なくカットされてますよね、1:34とか2:50とか。

結局、売れ線の音楽やら映画やらがどうだとかいう議論はありますが、売れ線が作れるということは、技術が高いということでもあります。或いは、売れ線に近いものはやろうと思えば作れるのかもしれないのですが、その中で売れるか売れないかの差はそのまま技術の差であるように思われます。技術には色々な種類があって、方法論によって必要な技術も変わってくるのでしょうが、逆に言えば必要な技術を、適切な訓練・学習によって高めてやれば、売れるものを作ることは可能である、ということなんだと思います。

ちなみに、正直に告白しますが、ドラムを叩いていながら、僕は本当にリズム感というものがないので、この曲はしばらく裏返ってました。冒頭のカッティングギターに惑わされまくり、バスドラが四つ打ちで鳴ってる時点で、どっちがオモテか頭では分かるんですが、柔軟にそこの感覚を切り替えられないというのは、ああこれがリズム感がないということか、と開き直ってしまう心持ちでした。カラオケだったら絶対歌いだせません。

 コレとかも無理です。ホント無理です。普段は完全に違う拍の感覚(この動画の捉え方で言う3ウラが、僕にとっての1オモテ)で聞いてたので、急にこんなん言われても無理です。しばらく聴いててやっと切り替えて聞こえますが、また動画のはじめに戻って単体で聴いたらもう元通りです。これに関しては、フレーズの始まりを自動的に1アタマと捉えるとこの動画のような捉え方になるので、むしろそう考えれば素直にリズムを取っているわけですが、どうにも僕にはそう聞こえず。歌感覚が硬直的なのはあまりよろしくないことに思われ、技術というのはこういうことも含むんでしょうね。。

*1:個人的にはこういうピアノの音の使い方は好きじゃなかったりします。日本のハウスってみんなこういうイメージですが。なんかDAISHI DANCEとか。。。