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岡本太郎美術館に行きました

先月末のことですが、とあるオフ会で生田緑地を訪れ、川崎市岡本太郎美術館に行ってきました。

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『眼の立像』岡本太郎

僕にとって岡本太郎という人は、無意識に作品に触れていた作家で、というのは、通っていた学校の目の前にあ「った」*1こどもの城のシンボルである『こどもの樹』が青山通りに立っていたのをいつも目にしていましたし、2008年に渋谷駅に『明日への神話』が設置されてからは、毎日のようにそこを通って見ていました。もっとも、岡本太郎パブリックアート作品は東京中に(日本中に?)数多くあるようなので、彼の作品に日常から触れている人は多いでしょう。

とは言え、「ずっと惹きつけられていた」とか、「昔からの憧れだった」とか、そういうわけではなく、「ほんのちょっとだけ気になる存在」、「なんかすごそうなおじさん」くらいの距離感でいました。

ただ、今回以前に一度だけ岡本太郎の作品に積極的に触れたのは、それももう何年も前ですが、大阪にある万博公園を訪れたときでした。と言うより、これはただ『太陽の塔』を見るためだけに、訪れたのです。森見登美彦の『太陽の塔』を読んでから、一度は見に行かなければと思っていたとき、京都旅行に行った中での訪問でした。あまりに巨大なその存在感は圧倒的でありながら、どこか非現実的で異世界的で、少し目眩を起こしながら呆然と眺めていたのを思い出します。

その経験もあって、僕は岡本太郎という人を、画家というよりは彫刻というかオブジェというか、そういう「モノ」「物体」を作り出す芸術家、という風に捉えていました。そして今回、岡本太郎美術館で彼の多種多様な作品に触れたのですが、その基本的なイメージは変わらないままで、また、絵画にしろ彫刻にしろ陶芸にしろ、その作品の持つエネルギーは、やはり岡本太郎という人間の一般的イメージに違わず、迸るようなものがあるということを再確認しました。

発見だったのは、と言っても僕が知らなかっただけというか、言われてみれば腑に落ちるという感じだったのですが、岡本太郎という作家は所謂「インテリ」であり――いや、"所謂"を取ってみてもいい、相当にインテリジェントな作家であり、教養に溢れた人物であるということでした。なかでもジョルジュ・バタイユとの深い交流があったというのは驚きでした。また、多くの作品において日本の土着的・呪術的モチーフを用いて表現していたのを強く感じましたが、これも当然に意識的・意図的なものであって、西洋化された日本において埋もれていってしまったそういうものを発掘し、新しいものとして蘇らせる、ということを行っていたのではないかと思います。ここは寺山修司とも通ずるところがあるように思います。これは3月にJ・A・シーザー率いる演劇実験室 万有引力の『身毒丸』を見て、否、体感して、強く感じたものでもあります。

考えてみれば、岡本太郎も寺山と同様に、なかなかにテロリスティックなところがあります。先述のように、岡本太郎パブリックアート作品は世に数多くあり、僕がそうであるように、知らず知らずのうちにその作品に触れてしまっているわけです。また、人々の感じる違和感や嫌悪感のようなものを恐れずに投げ込んでくるようなところも、近しいものを感じます。色彩的にも二人の用いる色といえば原色の赤です*2。もっとも、そうやって抽象的に捉えていけばいくほど、市ヶ谷駐屯地でクーデターを呼びかけ割腹自殺をした三島由紀夫であったり、花園神社に紅テントを張って演劇をしていた唐十郎であったり、色々な人も含まれていってしまうわけですが、まぁ、時代なんでしょうか。どうにも60, 70年代のそういう空気に憧れてしまう僕がおります。

これも母校の至近ですが、知らなかった、或いは聞き流していたようなのですが、青山は骨董通りの一本裏には岡本太郎記念館があり、彼が亡くなるまで40年以上に渡って暮らした住居兼アトリエであった場所とのことですので、そちらも近々訪れてみようと思います。

*1:2015年に閉館となっています

*2:…と、勝手に思っていたのですが、寺山の色は赤であるという認識は、別に一般的なものでもないようで…。『身毒丸』のイメージが鮮烈だったので、それに囚われすぎているのかもしれませんが、個人的には寺山といえば赤です